2013年01月24日

子供の成長は嬉しいんだけど

息子も娘も日々成長している。
親として、それはとても嬉しい。

反面、切ない。
もうこのまま成長しなくてもいいのになぁと思ったり。
最初に息子が生まれた時から、どこかでそんな事を感じていて。
この子のこの時期は今しかないんだってのを
なんか常にどこかで必要以上に考えてしまって。

息子ももう小学校2年生。
出かけるときに自然に手をつないでくる事も随分減って。
たまにそんな事があっても、あーこれが最後なのかなとか考えちゃって。
せっかくの時間を満喫できないというか。

後になって初めて、あの時間は幸せだったんだなぁとか気がつくみたいなのは嫌なんだけど、
逆にそんなことばっか考えながら今を過ごすのも何かもったいねーなとか思いつつ。

もうちょっとゆっくりでいいんだけどねぇ。
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2011年06月10日

結婚して子供が産まれた夫婦の意識の差 という記事を読んだ

↓これ読んだ。

結婚して子供が産まれた夫婦の意識の差

言いたいことはわかるけど決めつけ感が強くて違和感。
はてブでもなんか支持っぽいコメント多いし。

夫婦の意識の差の場合もあるんだろうけど、
根本は社会のせいなんじゃないの??

「母親が子どものそばにいてくれると安心する」という部分に共感する父親は少なくないんだろうなぁ、と思う。
安心するよ。
そりゃ「自分がそばにいる」がベストだけど妻ならベター。

何で父親の意識が最初から「母親ベスト」な前提で書かれているんだろう?

両親が100%そばにいるというのは一般的には無理。
どちらか、もしくは両方が子どもを離れて仕事をする必要がある。
そういう条件の中で、父親と母親の仕事、育児、会社、社会、実家等々
無数のパラメータからどういう形で動くのがベストなのかを考えて
結果的に我が家は父親である自分が仕事をし、妻が専業主婦となった。

妻がどうしても働きたいとか、妻の方が多く稼げそうだ、とか、
もしくはどちらが仕事しても同じだ、という状況であれば、
自分が主夫として家庭に入ってもいい、というかむしろ入れるモンなら入りたいという気持ちはあるよ。
子どものそばにいたいのは当たり前。

繰り返しになるけど、その上でベストの形は何かを考えて、
結果的に自分が仕事をする事を「選んだ」。

社会の仕組み的にまだまだ男性の方が仕事しやすいし、
女性は出産時に長期休暇になってしまうとか色々で
実際のところはかなり仕事が好きかスキルが高い女性でないと
男性が家庭に入る形にはなりにくいだろうとは思う。

・・・というような感じで結果的に男性が仕事メインな割合が高いと思ってるんだけど違うのかな?

二人で育児と仕事を同じようにしていく方法を考えようとしないのはなぜなのか。
してるよ。
昔はともかく、最近はしている家庭の方が多いんじゃないかな?というのが実感なんだけど。

うちの場合は自分が働く事を決めた上で、
「最低限これだけは家庭にいれる」
「最低限これだけは稼げる」
という職場を求めて転職したし。

そういう意識ってのは、女性を自分と同じに見てないんだろうとも思う。
なのでこういう書き方をするのはむしろその人が偏見をもっているからなんだと思う。
結果として男である自分が働く選択をしたが、別に最初から一方向だけで考えた事ではない。

で、一番違和感あるのはこれ。
妻に任せきりに出来る男ってのは、自分の子をどこか他人事のように思ってんだろか、と感じることが俺にはある。
いやいやそれは違う。
少なくとも僕は妻じゃないと任せられない。
自分と同じくらいに信頼できる妻がだから任せられる。

これが妻でなくて例えば自分の親に預けるしかないのであれば、自分でみる。
これはもちろん自分の場合の話。

信頼できない嫁なら自分が家庭に入るか、共働きでもう少し割合を考えるかもしれない。


なので、どういう経緯で、どういう関係性で、その形に至ったか、というのは人それぞれなはずなので、それをかなり偏った見方で書かれている事に対してちょっと違うかなと思った。
タグ:思考
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2011年04月27日

アースデイ2011

日曜日、アースデイTOKYO2011に行ってきた。
これで3年連続参加かな??

今年は震災があったので普段とはちょっと意味合いが違うイベントに。

途中、被災された方に黙祷する場面があったんだけど、
司会の人が被災地から避難してきた子供が差別される例があることについて
怒りを込めて話していた。

やるせなさはわかるし、差別するのは親がそういう話をしているから、というのは恐らく正しいと思うけど、その親に対して「バカ親だ!」と言うのはちょっと違うかなと思った。
差別に繋がる懸念があるので自分なら伝え方は考えると思うけど、一番の問題は差別意識を持った親ではなくてそういう意識を持たせてしまった情報にあるはず。
そこをスルーして声を荒げても仕方ないよなー。。と思ってしまった。

それからこれはアースデイに限った事じゃないんだけど。
被災地復興のために、私たちが出来ること・節電努力
これずっと気になってて。
節電は結果的に被災地の為にもなるのは間違いないんだけど、「被災地の為に節電!」という表現って何かおかしいよね。
これ首都圏の為の節電で、直接電気を送ったりも可能性としてはあるかもしれないけど実際のところは自分たちの暮らしはしっかり守らなければ、という事だよね。
ここもダメだとさらに被災地に悪影響が出るので、繋がっているのはわかるんだけど。

被災地に電気送るための節電って思ってる人たくさんいるしなんか違和感というか気持ち悪いんだよねこの表現。
上記アースデイの呼びかけなんて完全に間違った意味合いにしか取れないし。

結果的に節電してうまくいけばいいのかもしれないけど。。。
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2011年04月15日

ずっとウソだったんだぜ

斉藤和義の「ずっとウソだったんだぜ」が話題になってた。

斉藤和義は大好きで、その話題を見かけた時点では(これはやってくれたw)と思った。
どんな形であれ、公に原発批判するのはメディアに出て活動する人にはリスクが高いはずだし。

その後実際に歌を聞いてみて(これはヒドイ・・)と思った。
いやいやそんなただのバカ歌じゃあないだろうと思って何度か聞いてるうちに、まあ色々な解釈はできるよなぁと思い始め、忌野清志郎へのアンサーソングというような話題を見てなるほど納得して今に至る。

何も考えずに聞くとただのバカ歌なのでまあ色々な批判は出るよなぁという。。
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